ミニマリスト」という言葉が急速に広がりつつあるようです。似たような言葉に「断捨離」があります。かなり近い意味で使われるようですが、使っている人の層が違うらしい。

「ミニマリスト」は若い人たちに支持され、「断捨離」は中高年層が好んで使うみたい。

ミニマリストはカタカナだし、スタイリッシュな感じがすることも、若者たちに愛される理由でしょう。しかし、根本的な理由は他にあって、それは時代の流れだと私は思っています。

要するに、若者たちと中高年層では、生きてきた時代が違いすぎるのです。

よく言われることですが、今の若者たちがあまり興味を示さないものに、異性、お金、車、酒、煙草、賭博などがあがられます。一方、団塊の世代などは、それらに執着しまくって生きてきた人たちなのです。(私はその中間の世代)。

だから、シンプルライフといっても、若者層と中高年層とでは、ニュアンスがかなり異なります。

若者層がシンプルに生きたいと思ったら、物を買わない、持たない、そもそも欲しがらない生き方を選択することを意味する。一方、中高年層がシンプルに暮らそうと思ったら、とにかく最初に、いろんな物を捨てなければならない。捨てないことには「シンプル」は見えてこない。

東京で独り暮らししている若者の部屋。もちろん、人それぞれでしょうけれど、中には、ほとんど荷物がない人も珍しくないと聞きます。

数々のものを捨てきれないでいる中高年層には、そうした「持たない暮らし」を自然にしている若者たちの存在が、奇異に映るのではないでしょうか。中には、そんな若者たちをうらやましいと感じている人もいるに違いない。

私自身は、もう若くもない年代になってから、ひたすらシンプルに生きたいと願っております。「持たない暮らし」を実践するミニマリストは単なる憧れではなく、確かな目標に変わりかけているのです。

しかし、物への渇望を持たない若者たちが、中高年よりも、すべてにおいて優位になっているわけでは、もちろん、ありません。

物を持っていないのは、単純に経済力がなくて、物が持てないことも理由の一つでしょう。ただ、日本の若者たちの多くは生まれた時から、物にあふれた生活をしてきており、お金の面でも、将来的に大きな期待を抱けない状況にある。そういう物への飢え、お金への渇望が薄い人たちが、上京しても物を買いあさらない「持たない暮らし」に移行することは極めて容易なのです。

でも、中高年層が、ミニマリストに転身するのは簡単ではありません。物を捨てまくり、お金や物が大好きという価値観を大変革しなければいけない。

物が少なくなり、欲望から解放されれば、身も心も軽くなって、残りの人生が楽しくなるのではないか、という淡い期待を抱いている、中高年ミニマリスト志願者たちが多いのかもしれません。しかし、そんなに簡単に、ミニマルライフは実現できません。

中高年層で、断捨離しきれない人、ミニマリスト的な生活を加速できない人の気持ちが私にはわかるような気がします。

最初に述べた年代の差です。中高年層は、いわば「右肩上がりの生活」に憧れてきた年代。つまり、様々な欲望を持つことが生きがいであり、様々な野心をかなえることを歓びとしていたジェネレーションなのですね。

そうした、欲望愛好家が、ミニマリストになろうとしたら、どうなるか? 価値観の転換は、ある意味、快感でしょうけれども、その一方で、「寂しさ」を感じるのではないでしょうか。

物がない生活には憧れるけれども、その生活自体に、夢があり、希望があり、欲望がギラギラしていなければ、寂しいと感じるのが中高年層だと思うのです。

私も、ミニマリストという言葉にある、ある種の「軽さ」「明るさ」に憧れなくもありません。それは同時に、物ががくなった時に、寂しさはなく、明るい希望が心にとまらなければ、真のミニマリストにはなれないでしょう。

私自身、ミニマリストへの道は、平たんではないと感じています。ミニマリスト的生活への移行には、かなりの痛みがともなくことは間違いないと確信しているのです。